平日の疲れを癒やし、少し落ち着いた日曜日の午後。ふと、これまでの自分自身の歩んできた道と、これから進む道について考えています。
現在、私は43歳。タイで海外駐在員として働きながら、7年後の「50歳でのFIRE(早期リタイア)」に向けて準備を進めています。
「順風満帆なエリートサラリーマンなんでしょ?」と思われるかもしれませんが、私の人生のスタート地点は、決して褒められたものではありませんでした。今日は、私の少し変わった経歴と、なぜ今、FIREという生き方を選んだのかについてお話しします。
10代:「社会になんて染まりたくない」欲望のままに生きた日々
10代の頃の私は、今思えば「若気の至り」の塊でした。
暴走族に入り、高校は中退。当時の価値観は、「社会のレールに乗ってたまるか」「社会になんて染まりたくない」。ただひたすら、自分の欲望のままに、本能のままに生きていました。
「自分が中心で地球が回っている」と本気で信じ、社会に背を向けていた時期。しかし、そこで人生を捨てたわけではありません。ある時、ふと立ち止まり、もう一度高校に1年生から入り直しました。周りより遅れたスタートでしたが、そこから大学進学まで漕ぎ着けた経験は、私の根底にある「何度でもやり直せる」という自信に繋がっています。
20代:実家での居候生活と、29歳でのマイホーム購入
大学を卒業し、就職。結婚し、子供も生まれました。
20代を一言で表すなら「意地」です。
元ドロップアウト組として、社会の厳しさに揉まれながらも、「絶対に負けない」「家族を養うんだ」という強い責任感だけで走っていました。自分自身のことよりも、「家族が一番」。それが当時の私のすべてでした。
決して平坦な道のりではありません。途中、リーマンショックの煽りを受け、会社からの給料をカットされるという苦い経験もしました。
しかし、私はそこで腐りませんでした。むしろ逆境をバネに、なりふり構わず行動しました。住んでいたアパートを引き払い、私の実家に家族で転がり込んで、居候生活までさせてもらったのです。
そうして生活費を極限まで切り詰め、29歳で1,000万円を貯め、それを頭金にマイホームを購入しました。
そんな生活にも文句ひとつ言わずについてきてくれた妻には、今でも心から感謝しています。
今思えば、この時の「危機感」と「資産形成への執着」、そして家族の協力が、現在のFIRE計画の原点になっているのかもしれません。
30代:仕事、趣味、育児のバランス
がむしゃらだった20代を経て、30代になると少し余裕が生まれました。
仕事は相変わらず忙しいものの、コントロールする術を覚え、趣味や家族との時間を純粋に楽しめるようになりました。
「道を間違えたこともあったが、それなりに普通よりいい人生じゃないか」
そう思えるほど、充実した日々でした。
40代:海外赴任と「子供が去った後」の自分
そして現在、40代。会社員としてのキャリアは海外赴任という形で一つの節目を迎えました。
しかし、ここで私の中に大きな価値観の変化が訪れます。
それは**「子供の親離れ」**の実感です。
一番上の子は17歳、次は15歳、末っ子は11歳。手のかかった子供たちが、少しずつ自分の足で歩き始めています。
これまで「家族のため」「子供のため」に走ってきたエンジンが、ふと空回りするような感覚。「子供たちが巣立った後、私には何が残るのだろう?」
そう考えた時、これまでの延長線上にある「定年まで働く人生」ではなく、**「自分自身の人生を取り戻すための時間」**が欲しいと強く思うようになりました。
なぜ50歳でFIREなのか
私が目指すゴールは50歳です。
これは、2番目の子供が大学を卒業するタイミングであり、親としての大きな責任(学費など)に一区切りつく時期でもあります。
• 10代は欲望のままに走り、
• 20代・30代は家族と社会のために走り続けた。
だからこそ、50代からの人生は、もう一度自分のために生きたい。
「50歳でFIRE」という目標は、単にお金の問題ではなく、**「子供が去った後の人生をどうデザインするか」**という、私なりの前向きな答えなのです。
